コミュ障3つのメリット 〜コミュニケーション弱者のみなさまへ〜

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どうも、コミュニティ弱者のみなさま。
お元気ですか?
僕は元気です。
 
 
さて、今回筆をとったのはですねコミュ障のメリットを伝えたくなったからです。
 
みんな気付いてますか?
あなた方が生まれた時から持っているコミュ障のメリットに。
 
ここで誤解して欲しくないのは、
 
コミュ障でもモテる
 
とか
 
コミュ障克服
 
とかではなくて、生来的に持っているコミュ障的性質そのもののメリットを伝えたい、ということです。
 
仲良い人たちが自分以外で盛り上がっている際、その輪に入るのに「ぐっ」と体のどこかに力を入れる、そんなあなたに以下のメリットを届けたいと思います。
 
それではどーぞ。
 

1 居心地いい空間をデザインできる

 
これまじで意外だったんですが、コミュ障じゃない人は本当にコミュ障の気持ちがわからないんですよね。
 
「え、10人くらい集めれば勝手に話し始めるでしょ?」
 
とかいう。本気で言う。
 
…いやいやおまえ、まじか?
 
それでどーにかなるのは生まれながらのコミュニケーション強者だけだから!
そんな環境に僕らが置かれたら、全く用事ないのに携帯持って外に出たり全く頭に入ってこない本を目で追ったりしてまうわ!
 
そして性質がわるいことに、コミュ強にとってこれ全く悪気がない。
 
僕らがもじもじと周りを(伺っていないように)伺いながらタイミングを図り、何度も失敗しているのを見て各自楽しんでいると本気で思っている。
 
そんな中僕らはどんどん自責の念が強まっていく。
 
「おおふ、また俺は一人で格好付けて誰とも仲良くなれず…。不甲斐ない。」
 
ってなってる。
 
俺らは言い訳が欲しいんだよ!
 
 
「あーそこまで言われるなら話すよ?しょうがないなー。」(嬉しそう)
 
 
というような空間をデザインして欲しいんだよ!
しかも無理に話さなくても、一緒に何かしている感じをくれればいいから!
クイズとか各自考えるものでも、その場で一緒に考えてる感、そこにいてもいい感をちょうだいまじで。
 
そしたら俺ら割とおもしろいこととか言えるよ?
無理に「コミュニケーションとろー」じゃなくて、そこに居場所作ってくれさえすれば色々考えている内面発露するから。
 
と、こんなめんどくさいコミュ障の居心地いい空間をデザインできるのは、同族のみ。
つまり、コミュ障のみなさまのみなのである。
 
今、上に記載したような気持ちが本当にわかる人は、その人たち(自分含む)が望む理想の空間をデザインをしさえすれば、その場は本当に素敵な場所になる。
それはコミュ強にとっても居心地いい。
 
そしてみんな不思議に思う。
 
「なんかやたらとこの空間居心地いいなー」
 
って。
でもこれはコミュ障が自分の居心地いい空間を追求したからこそ生まれたものである。
この空間をデザインできるのはコミュ障に生まれ、今までいろんな場所で苦労したからこそである。その価値をしっかり実感しよう。
 
 
 
 

2 クリエイティブ

 
絵画や音楽等々でも価値を発揮するコミュ障だけど、実はもっと身近なクリエイティブさを持っている。
 
それは上記の
 
感情の揺れそのもの。
 
コミュ強にとって、上記感情は全く理解不能。
そもそも考えてさえいない。
 
何気ない一言、
遠くの笑い声、
仲良い人が他の仲良い人を作ってた時の気持ち、
 
こういった日常のワンシーンで、
内面が波打つ。
蠢めく。
そしてそれを思考する。
 
その思考自体めちゃくちゃ価値。
もっとそれを何らかの形にして出せばいい。
人によっては絵だったり、音だったり。
はたまたブログだったり、日記だったり、Lineスタンプだったり。
 
ほんとなんでもいい。
今、自分の内側で交わされる会話を外に出してみたら予想以上に価値があるとわかるよ。
 
 
 
 

3 人を救える

 
むかし、杞憂会を作っていた。
お互いが、何気ないシーンで考えすぎちゃってる時に
 
「杞憂だねー」
 
っていい合うだけの会。
 
僕はこれによってめちゃくちゃ救われた。
彼もそうだったらいいな、と思う。
 
コミュ障は、1つの物事対する真剣さが桁違いである。だから、痛みが大きい。
どこまでも割り切らない。
 
 
あの人の発言はこーいう意図があったのかな?
いや、もしかしたらこーなのかもしれない。
…あ、こんな可能性もまだあるな。
 
……すっげーないと思うけど、この可能性0ではないな。。
 
 
 
そんな風に一人の人に想いを馳せられる。
そして本当にたまたま誰も気付かなかった、その人の助けを求める声に出会ったりする。
 
 
その時の相手の気持ちを想像して欲しい。
それはもしかしたら本人さえ認識できていなかった本当の悩みなのかもしれない。
 
そんな人を救えるのは、コミュ障だけである。
 
 
 
そんな、ね。
 
コミュ強に対する憧れは無くならないけど、コミュ障も悪くないでしょ?
 
というか、ゆくゆくは
 
「コミュ障羨ましっ!」
 
とか言われるかもしんないとか本気で思ってます。
 
そんな感じでおあとがよろしいようで。
 

2 件のコメント

  • 話の切り口は面白かったのですが、あまりに無理にコミュ障最強説を作るので、コミュ障としては、
    それ、勘違いなんだよなあ。。。
    て、とこがちらほら。空間とかクリエイティブのあたり。
    杞憂会とか作れるならもうあなたはコミュ障じゃないし。
    うらやましいなあ。

  • 強者の論理の見方が出ているので、少し言わせて頂きます
    志々雄真実曰く
    「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」
    極論ですが、時代によって形は違えどやはりこれが自然の摂理なんでしょう
    強者の論理ですよね
    緋村剣心曰く
    「けれども拙者は そんな真実よりも 薫殿の言う甘っちょろい戯れ言の方が好きでござるよ」
    弱い人間が何かのために強くなろうとする
    自然の摂理の上の中で戯言を真実にしてしまう
    もとはどんな人間でも弱者です、でも人生の中で何か守りたいものが出てきたとき強くなろうとするものです
    ブログの著者は今は強者になったのかもしれません
    でもきっと弱い自分(コミュ障)向き合って努力した結果と思いたいです
    私も戯言大好きなんで、これからも聞かせて下さい

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    conote inc. CEO / 弁護士1年→アカツキIPO1.5年→西粟倉村1.5年で辞める / 「人生でもっと遊ぼう」と決意→日に日に楽しくなる→「あ、これもありなんだ!」みたいな発見を日々発信 / 元高専 / "小難しく考えて、シンプルに生きる" / HUNTER×HUNTERふりーく。