「評価経済」と「自分軸で生きる」って矛盾してない?

「評価経済」と「自分軸で生きる」という2つのワードをよくみる。

どっちも言葉の意味はよくわかるんですが、この2つよくよく考えると矛盾してんじゃね?とずーっと思ってた。
しかもこれ同じ人が「評価経済」「自分軸で生きる」を両方大切とか言ってて、

「え、なにいってんのこのひと?」

ってなってたんだすが、こないだ、「はっ!」と謎がとけたのでここにかいておきたい。

 

評価経済

まず、「評価経済」とは、簡単に言うと「評価」を媒介に、モノ、サービス、お金、が交換される経済のことで、Facebookの「いいね」やTwitterのフォロワー数など、人からの評価が見える化された(と思われている)ことから、流行った言葉ですね。

類語に、「信用経済」(「信用」によって価値を交換できる経済)や、信頼社会などがあります。

 

まー、理解としては、「人からの評価というもの自体に価値があるよー」という考え方ですね。

露骨に表しているものが、最近のTwitterのフォロワー数を競う風潮ですね。
僕個人としては、「フォロワー数=評価」というところに結構懐疑的ですが、まあ1つの指標としてワークしているのは理解できます。

Twitterのフォロワー数が多い人が、この評価経済においては様々なメリットを受けられる。

というのはある種の真実ですしね。

関連記事:フォロワー数は、信用力ではなくなってきた

 

 

この「評価経済」というところに注目したサービスとして有名なのは、VALUタイムバンクだと思います。これらのサービスは、個人の持っているポジティブな「評価」を貨幣(日本円やビットコインなど)に変換することが出来ます。
まーこれらのサービスが見ているところはもっと遠いところのような気がしますけどね。おそらく、「有限性」というところにすっごく注目しているんじゃないかなーと。だから、「人間」と「時間」。さらに「空間」がEXA。賢い人かつ行動力ある人の見てる世界はおもろいわ。

 

まとめると、「評価経済」は他人の評価によって、価値を享受できる社会、ですね。

 

 

自分軸で生きる

「自分軸で生きる」というのは、そんなに説明する必要ないと思いますが、まー簡単に言うと「自分らしく」生きるってことでしょうね。他の人がどうこうというよりも、自分の「好き」に殉じて楽しく生きる。

よく使われる形としては、「好きを仕事に!」とかです。

「らしく」生きることがなぜいいのかを、論理的に考えてみたので聞いてほしい。

2017.08.07

 

 

矛盾とその解消

ほら!この2つすっごく矛盾してそう!

「他人の評価で、自分の価値が決まる」という「評価経済」

「他の人の目なんて気にせず、自分らしく生きていく」という「自分軸」

 

矛盾してるとしかおもえねえ。。

 

と、もやもやしてたんですが、これはあれです、時間軸を入れるとスッキリします。

要するに、

「自分軸」で生きる
→自分の価値が最大化される
→他人からの評価が集まる(自分史上最高に)
→結果、「評価経済」で価値が高い

こういう順番になってるんですね。

「評価経済」という経済が生まれたからと言って、他人からの「評価」を目的にしないってことです。

なので、目指すべきはこの部分です。

 

ただ人は、結果をみちゃうと、それ自体を目的のように扱う癖があるから、難しい。
というか、変な感じになりやすい。なので、ついついここを目指してしまう。
手法も確立されやすいし。
Twitterのフォロワーを増やす方法とかはここに対しての解答ですね。
貨幣経済についても同じように、お金自体が目的になっていたりする。このあたり深掘るとおもしろい。

 

で、「評価経済」といったときには、上記に2つが同じ評価をされちゃう。

同じ評価がされちゃうけど、左上はしんどくて、右上は楽しい。
どうせだったら、楽しいほうがいいので、「自分軸」→「評価経済」の順で両方げっとしにいくのがいいじゃないでしょうか?

 

ということで、おあとがよろしいようで。

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conote inc. CEO / 弁護士1年→アカツキIPO1.5年→西粟倉村1.5年で辞める / 「人生でもっと遊ぼう」と決意→日に日に楽しくなる→「あ、これもありなんだ!」みたいな発見を日々発信 / 元高専 / "小難しく考えて、シンプルに生きる" / HUNTER×HUNTERふりーく。